コトデン掲示板過去記事(148)

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阪神電車といえば。
投稿者> FS329S1
投稿日> 03月29日(水)20時46分26秒
 私の生まれるはるか昔、1954年に登場した3011形ロマンスカーがまず浮かんで
きます。丸みを帯びた滑らかなボディ、大きな目玉と正面窓。連結面のパノラ
ミックウィンドウ、マルーンとクリーム色のツートンカラーは、今見ても古さを
感じません。いちど実車を見てみたかった。新聞報道によると、阪神電鉄では
クロスシートのクルマを造るようですが、かつての3011のような、或いはそれを
超えるような魅力的な車両の出現を期待したいところです。

阪神の試作車は・・
投稿者> 笠谷@電鉄倶楽部
投稿日> 03月29日(水)18時05分27秒
グリーンとクリームのツートンでした。
ソウル地下鉄の2号線のような感じです。
・・よけい判らんか・・/^^;

補足・宮城電気鉄道from仙台
投稿者> 太白区・相原秋海
投稿日> 03月29日(水)01時50分45秒
今でも仙石線103系の運転室を覗き込むと「宮電」の文字を見ることができるのですが・・・
実は「宮城野電車区」の略だったりします(笑)

んで、当時の宮電の塗色ですが・・・正確なところはわかりません。
ただ、当時の事ですので全検受けてもピカチューということも考えにくいので
もしかすると物好きな米軍人の撮った写真が出てくることもあるかもしれません。
(先日、市内の博物館でそのテの街のカラー写真の展覧会がありました。)

で、クハ301形式の廃車年月日が昭和27年7月31日でして、
運用終了はその後の8月7日・・・証人である瀬古龍雄氏によると、
「局で廃車にしたのを区で気がつかず」となっているのですが、
書いてて確信犯ではないかという疑念が・・・・。
(この時期に3輛も抜けられたら痛いですから・・・・)

買収車の二色塗りといえば、上田丸子電鉄のあの色は富山港線から転入の
伊那電買収車の色がヒントになったらしいそうです。

宮城電気鉄道
投稿者> 広瀬はるかず
投稿日> 03月28日(火)23時37分35秒
・・・・といえば地下になったんですね(というか「復活」^^)。

●に〜みやさん
仙石線が気動車色(クリーム+朱)を採用したのは1959年以降のことです。
その後転属してきた20m級車は黄緑を採用しで、17m級車の淘汰と共に
気動車色は消えました。

現67が、仙石線からコトデンにやってきたのは1953年、
よって仙石線時代はブドウ色でした。

買収国電に限らず戦前の「鉄道線電車」は、茶色系か濃緑色以外を纏った例は殆どありませんね。
(京王電軌あたりは灰青色だったようですが・・)
もっともその茶色にしても黒に近いものからセピア色、赤茶色まで様々だったと思いますが、
それを再現しようにも、もうその記憶のある方がいなくなっているように思います。

また、戦後になり、各地で2色化が試みられましたが、コトデンに入った買収車
(67、210、230、810、820、850、73、81、82)で2色塗りになったものは
なかったと記憶しています。

●園田さん>
66のペックハムはコトデン入線時に先祖帰りしたものだったんですね。
一貫してあの台車を履いているのかと思っていました・・。
URL> http://www1.odn.ne.jp/~caw99100

元阪神車。
投稿者> に〜みや
投稿日> 03月28日(火)12時47分36秒
  宝車@阪神沿線さん・・・

 ワタシも試作ジェットカーの原形の頃の姿は、雑誌のモノクロ写真でしか
見た事がないので、グリーンの濃淡がどのような色調であったかはわかりま
せん。また、以前、知人の年配の方に古い写真を見せてもらいましたが、
その方の写真は、阪神の標準的な顔に改造された後の姿でした。実際の
ところ、ワタシも原形の頃の事はよくわからないです。
 試作ジェットカーは車体のみコトデン入りして、足回りは当初手持ちの
ツリカケのものを履かされていました。今はカルダン駆動ですがHL制御
で、阪神時代のような高加速はおそらく期待できません・・・。
 1062・1062は、コトデン入りの際に足回りを京急デハ230の
履いてたものに替えています。HL制御でツリカケです。ちなみに元三岐の
1063はツリカケながら三岐時代からの自動加速性能が残されています。
 コトデンにはいろいろアダ名を持つ?電車がいますが、(勝手に付けて
いるだけ?)1061・1062は「たれ目」ですか・・・。なるほろ。
 他の電車のアダ名については、この掲示板の過去ログにポツリポツリと
書き込まれていますよ。ヒマがあったら読んでみてくださいね。

試作ジェットカー+たれ目
投稿者> 宝車整二
投稿日> 03月27日(月)23時51分51秒
こんにちは。宝車@阪神沿線です。

試作ジェットカー5001ー5002

私の記憶にあるのは湘南顔+鮮やか
な塗装・・・ではなく、普通の顔+
窓が少なく暗い車内の車両でした。

それより強烈な印象を持っていたのは
琴電1061・1062の前身5101形
非パンタ側の顔のユニークさときたら
もう・・・
今も勿論健在ですね。我々の間では「たれ
目」と呼んで親しんでおりました。

試作ジェットカーは・・・。
投稿者> に〜みや
投稿日> 03月27日(月)13時00分45秒
 園田さん・・・
>色替え序でで、1051-1052は試作ジェットの派手派手な塗装に
>しちゃったらいかがでしょうね。何故か少年ジェットを想像
>しちゃう様な当時のマンガチックな色。思いつきで書いてお
>きながら本人にも意味がわからず・・・。

 阪神の試作ジェット(現コトデン1051F)ですが、竣功当初は今のような
阪神の標準的な顔ではなく、湘南顔でした。結構国鉄の80系に似てたような
感じだったと思います。複雑な塗り分けで、グリ−ンの濃淡だったと思います
が、あの塗り分けは、正面が流線型でないとうまく塗れないでしょう。
 ちなみに、グリーンの濃淡の塗り分けは湘南顔だった頃だけで、正面が改造
された後は他のクルマと同じ塗り分けになっていたようです。
 しっかし、このネタも本気でやろうと思えばおカネがかかりすぎるなぁ。

>京急時代も床下機器の艤装には大変苦労していたようで、元京浜
>車はまだそれ程でもないのですが、元湘南の車は非常にごちゃご
>ちゃしてまして、それこそ三階建て位に入り込んでいます。それ
>でも釣りきれなくてバッテリー等は運転台に載っていました。本
>気で模型を作ろうなんて考えたら、神経衰弱になりそうです。

 本気でHOの模型を作ろうとしているワタシって・・・。あ、琴電30形
ですけど・・・。Tcの車輪はスポークにしよーか、ふつーのプレートに
しよーか・・・。しかし、アダチの京急デハ230片運2連キットは高い。
琴電に改造するとなるとムダなパーツがいっぱいでてくる。車体以外は殆ど
使えない。ごちゃごちゃパーツつけんでもええから、値段安くしてくれ!

 67について。旧宮城電鉄って、今の仙石線ですね。仙石線ではだいぶ
以前、電車に気動車の一般色を塗っていた時期がありましたが、あれは
クハ301が除籍されてコトデン入りして2000形になった後なんで
しょうかねぇ?67の旧塗装となると、どんな色になるんでしょうか?
やっぱり茶塗り一色でしょうか?広瀬サン、ど〜なんでしょうか?

をを、鯉のぼりですか!
投稿者> 中尾
投稿日> 03月27日(月)11時06分51秒
フジメン中尾で〜す(笑)。
もう鯉のぼりの季節ですか。良いですねぇ。
恐らく、広角で狙うと何時も柱だけ入る農家の庭先でしょうか。
あそこで、五月晴れの空に鯉が元気に泳ぐ姿を、ド広角で撮影したい!
勿論、琴電を入れてね。

これからの週末2回は、きたろさんカキコ通り岐阜籠りなので、
4月末の週末にでもトライしたいけど、昼の運用が問題だな・・・
URL> http://www.asahi-net.or.jp/~uq6k-nko/

鯉幟ですか
投稿者> きたろ
投稿日> 03月27日(月)08時28分41秒
汽車会社さん>
現地情報、ありがとうございます。
白山バックのところに、鯉幟が上がりましたか。
ますます行きたくなってしまいます。晴天で風の
吹いている日に出撃したいです。
4月1日、出撃確定かな。。。
フジメン中尾さんは4月1日〜9日まで(平日運休)
岐阜篭りらしいですが。。。

はじめまして
投稿者> Emiruri701
投稿日> 03月27日(月)01時32分31秒
みなさまはじめまして。Emiruri701ともうします。
3月18日から20日まで高松や岡山、鳥取などへ出かけてまいりまして
高松では琴電屋島から瓦町までコトデンに乗ってきました。
やっぱり屋島からのアクセスはJRよりもコトデンの方が近く便利ですね。
去年もコトデンを利用したのを覚えています。
今度行くときは、琴平までゆっくり揺られてみたいと思っています。
URL> http://www.ra.sakura.ne.jp/~emiruri/

Reぺっくはむとてーらー
投稿者> 園田 淳
投稿日> 03月27日(月)00時42分24秒
>広瀬さん
>コトデンで「ぺっくはむ」だったのは66(2代目21)←京濱110でしたね。
(これはその後デカ1が履いていた時代もあるようです)
他の60型ですが、62はACF(テーラー)だったようです。

その車の由来は京浜の1号形とその増備形で、出来たときはペック
ハムだった様です。しかし、後に車体を載せ替えて貫通制動を備え、
総括制御の14号形(デ14形)となり、台車もブリル27MCB-2に替わ
りました。残念ながら原形とはここで全く違う車両になったと言っ
て良いでしょう。琴電譲渡に際しては更に台車を振替えてテーラー
となったのだそうです。

> テーラーなら、数年前に仏生山に転がっているのを見たんですが・・。

あの台車はどの車の遺産だったんでしょうね。形態的にはACF-19だ
った様に思うのですが良くわかりません。

ぺっくはむ と てーらー
投稿者> 広瀬はるかず
投稿日> 03月26日(日)23時44分56秒
●園田さん
>62、65は京浜の29号形だったと思いますので、ブリル27GEか何かだったと
>思います。ペックハムよりは探し易いでしょうか。琴電
>入りしたときはACF-22になっていたかも知れませんね。
そうでした。
コトデンで「ぺっくはむ」だったのは66(2代目21)←京濱110でしたね。
(これはその後デカ1が履いていた時代もあるようです)
他の60型ですが、62はACF(テーラー)だったようです。

テーラーなら、数年前に仏生山に転がっているのを見たんですが・・。
URL> http://www1.odn.ne.jp/~caw99100

春ですね!
投稿者> 汽車会社
投稿日> 03月26日(日)21時33分18秒
みなさん、こんばんは。お久しぶりの、カキコです。

平木−白山間の白山バックのお立ち台。
農家の庭先には、鯉のぼりがあがり、いい感じ!
きれいな六連の鯉のぼりで、なかなか立派で絵になります。
風の強かった、昨日、今日と、大空を元気に泳いでいましたよ。
夕方になると、しまわれるので、注意してね(^_-)

沿線では、各所で梅&菜の花が咲き乱れ、すっかり春めいてきました。

”れんげ”が咲くのが、待ち遠しい、今日この頃です!!

本当にやってしまった電鉄会社も・・
投稿者> 笠谷@電鉄倶楽部
投稿日> 03月26日(日)18時42分36秒
豊橋鉄道は廃車間際の電車を前所有の色に戻してしまいました。
色だけでなく小物も復元されてます・・

しかし、ここまでやるとは・・^o^/
URL> http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/1036/toyohashi.htm

Re訂正:琴電スト
投稿者> 園田 淳
投稿日> 03月26日(日)01時48分32秒
>海さん
>どうしてもと言うのなら中間にドアの絵でも描きますか・・・。

営団銀座線の様にステッカーでドアを作ったり・・・。

色替え序でで、1051-1052は試作ジェットの派手派手な塗装に
しちゃったらいかがでしょうね。何故か少年ジェットを想像
しちゃう様な当時のマンガチックな色。思いつきで書いてお
きながら本人にも意味がわからず・・・。

訂正:琴電スト
投稿者>
投稿日> 03月25日(土)08時35分15秒
今朝の四国新聞(http://www.shikoku-np.co.jp/)に、昨日のストのことが載っていました。
琴電はストが回避されたと思っていたのですが、始発には間に合わなかったようです。

私鉄・バス3社、午後にスト中止 
 春闘賃上げ交渉で、琴電、コトデンバス、大川バス、琴参バスの4社は23日から徹夜で個別交渉を重ねた。
大川バスは未明に妥結し、ストを回避したものの、他の3社は24日始発までに交渉がまとまらずストに突入。
琴電とコトデンバスは午前8時、琴参バスは午後零時40分にそれぞれ運転を再開した。 

>園田さん
>京急230形は3連の場合、中間のTc(T)は必ず3扉車で組成されていましたので・・・
レスありがとうございます。確かに中間車は3扉でしたね。
どうしてもと言うのなら中間にドアの絵でも描きますか・・・。

Re30形3連
投稿者> 園田 淳
投稿日> 03月25日(土)01時11分17秒
>海さん
>30形の京急色の話、いっそのこと塗装だけでなく3両編成にしてみては?
かつて空港線や大師線で走っていたときのように。

京急230形は3連の場合、中間のTc(T)は必ず3扉車で組成されて
いましたので、残念ながらもはや再現不能なんです。ここはひと
つグリーンマックス流に京急230形タイプということで気楽にお
茶を濁しましょうか。

>きたろさん
>となると、中間車は戸○゛○゛(失礼)に貫通ほろをつけることに
なるのかな。

京急時代もMcの貫通路を木製扉で塞ぎTcは非貫通のままでしたか
ら、戸○゛○゛はやっぱり ○゛○゛のままですねぇ。

>に〜みやさん
>組めませんね。また、30形のTcは他の形式のTcと比べて床下機器が多い
       ようです。Mc-Tc固定編成という事で、重量バランスを考えてMcから一部の
       機器を移設したのでしょうか?

京急時代も床下機器の艤装には大変苦労していたようで、元京浜
車はまだそれ程でもないのですが、元湘南の車は非常にごちゃご
ちゃしてまして、それこそ三階建て位に入り込んでいます。それ
でも釣りきれなくてバッテリー等は運転台に載っていました。本
気で模型を作ろうなんて考えたら、神経衰弱になりそうです。

あと、車内のニス塗り復元は、73系のアコモ改造試作かなにかで、
老朽化したニスを剥離して再びニス塗り、なんてこともしたみた
いですから、出来ないことはないんじゃないでしょうか。ニス塗
りにすると、乗務員室仕切などの変な茶色の再現が肝になりそう
ですね。京急ではあの色を「セントク色」と言うのだそうです。

三岐の旧塗色
投稿者>
投稿日> 03月24日(金)17時06分49秒
>三岐色だと「黄電」になっちまいますね。
今の黄色になる前、三岐鉄道はダークグリーンとクリーム色のツートンだった時代があったようです(私も
本でしか見たことがありませんが、25年くらい前の話です)。かなり暗い色だったので不評になるかも・・・。
67や820−810は旧省線→国鉄の車輌なのでこげ茶色だったのかなぁ。

黄色といえば・・・
投稿者> きたろ
投稿日> 03月24日(金)14時28分59秒
>に〜みやさん
>1063の三岐時代は、まっ黄色に車体スソにオレンジの帯でしたかねぇ。
>1015Fも三岐から一緒にコトデン入りしてきた訳ですから、一緒に塗って
>やりたいですねぇ・・・。
三岐色だと「黄電」になっちまいますね。いっそ701Fも名市交時代の
黄色1色に戻したらどうかしらん。。。
個人的には605Fあたりを名城線時代の色(黄色に薄紫の帯)で走らせて
みたいですね。名城線って切妻顔は現在の2000系にいたるまで
皆無ですからね。。。

ところで67って宮城時代はどんな色で走っていたのかな。

3連は・・・。
投稿者> に〜みや
投稿日> 03月24日(金)12時56分38秒
  きたろさん、海さん・・・
 30形の3連は難しいでしょうね。ジャンパ栓、エアホース等の引き通し
回路が合わなくなるので、Mcを方向転換してMc-Tc-Mc編成はスンナリとは
組めませんね。また、30形のTcは他の形式のTcと比べて床下機器が多い
ようです。Mc-Tc固定編成という事で、重量バランスを考えてMcから一部の
機器を移設したのでしょうか?そうだとするといよいよ3連は難しくなり
ますね。足回り全部作りかえますか・・・。
 それにしても我々のささやかな?希望を叶えるためには、莫大な資金と
手間がかかるようですね〜。残念ながら・・・。

  宝車整二さん・・・
 810-820は、度々車体が改造されて原形とはかなり違うものになってしま
っていますね。でも、元の塗装ってどんな色だったんでしょうか?
 760は、正面が貫通化されて別人の顔?になっています。原形は正面3枚窓
非貫通でした。旧色は、上半分クリーム、下半分グリーンだったようです。
 71の東濃時代って、どんな色だったんでしょうね?ワタシは白黒の写真で
しか見た事がありませんが、窓の部分(シルからヘッダーの間)が薄く、
窓下と幕板部(雨どいからヘッダーの間)が濃い色のようです。このクルマ
もかなりコトデンでいぢくられているようです。東濃時代の台車は、写真で
見る限りでは今とは違うようで、かなりグロテスクなもののようです。
 1063の三岐時代は、まっ黄色に車体スソにオレンジの帯でしたかねぇ。
1015Fも三岐から一緒にコトデン入りしてきた訳ですから、一緒に塗って
やりたいですねぇ・・・。